「失った者は戻ることなく、それを探す者もまた戻らず…」
煌々と輝く満月の下、父親は誰に言うでもなく…呟いた。
あれから数年…姿を消した者達はまだ帰ってこない。
「真実は闇に葬られ…誰もがそれを当然と思うこの世を嫌い…」
「英雄はその地を去り、天使はそれに従い、勇者は逝き、剣士は闇に堕ちた…でしょう?」
詩を朗読するように言葉を紡ぐ父親の後を継ぎ、母親が言う。
「ああ。…せめて、子どもに聞かせるようなおとぎ話でも、真実の断片を残しておきたい」
この時代を生きた者達が死すとき、全てが葬られる。
あの事件の渦中に身を置いていた者として…せめて出来ることをしたかった。
「オレは確かに世界の為に戦った。だが、それがいけなかったんだな」
「…………」
「オレと言う存在は、人間の進歩を遅らせるだけだった。」
「そう、ですね…。何かあった時、すぐ側に縋るべき者がいるのでは人は何も学ばない」
「だから、英雄は死んだ。もはや縋る者はいない。自分勝手だけど、今、オレはすごく幸せなんだ」
少しだけ、照れたように父親は続ける。その表情は昔と何一つ変わらずに…。
「ちとせがいて…娘の鏡花がいて…それだけで充分さ」
最終章 終焉or裏切
目前に迫るルクシオールをスクリーン越しに眺めながら、老人は大きく腕を広げて愉快そうに呟く。
彼らが来ることなど、当に予想が付いていた。残存戦力は既に布陣している。
「墓場へようこそ…。我らは諸君らを葬るためだけに這い上がってきたゾンビだよ…!」
ふれぶてしいという表現がこれほどまでに当てはまる笑みは、そうないだろう。
如何ほどの自信があるのかは、分からない。
しかし、根拠は不明であったとしても…決して生きて帰さない。
それを確信しているように思えた。
その老人の顔に浮かぶ笑みはどこまでも歪んでいて、恐ろしさを感じさせる。
例え我が身滅ぶとも、貴様達は生きて帰れぬ…と。
「…エンジェル隊を出撃させろ。これが…ラストバトルだ」
最後の戦い。それを告げるタクトのその表情はどこまでも険しい。
多くの人が死んだ。しかし、この人間と言う種族の愚かさをこれまで嫌というほどに見てきたからか、そこまで怒りは無い。
全ての人がそうではないと、お人好しの自分が言う。しかし、妙に冷めた自分が語りかけてくる。
人間なんて一皮剥けば皆同じさ。現にお前に、白髪青年に何もかも押し付けてるじゃないか?
前者には弱者の切なる願いという傲慢を、後者には愚者たるが故の身勝手の成れの果てを。
正直に言って…そんな奴らのために戦う気など全く失せてしまった。
これまで目を背けてきた事実に、青年は向き合わせてくれたのかもしれない。
だから…。
英雄という名の役割はもう放り出して…今は、生まれくる我が子のために戦おう。
その戦いの始まりはあまりにも静かで、無機質ささえ感じるほどだった。
まるでタクト達が来ることを予見していたかのように、布陣を敷いていた全ての元凶ゾルダート。
それを容易く見つけ、即座に戦闘態勢へと移行させるタクト。
互いに名乗ることも無く…話をしようともせず…。
ただ、相手を見つけた瞬間に、即座に敵殲滅のシミュレーションをし配下の者達を出撃させる。
かつての…エオニア戦役やヴァル・ファスク大戦、そして先のクーデターの決戦時に感じた高揚感も何も無く。
司令の地位にある青年と、総統と呼ばれる老人の頭にあることはただ一つだった。
敵戦力を殲滅させる、と。
「さあ、終わらせよう。何もかも…」
共に、同じ言葉を呟き…火蓋は切って落とされる。
ゆっくりと息を吸い、吐く。
幾度となく繰り返した、自分なりの精神統一の“儀式”
閉ざした瞼を開き、前方に広がる艦隊を見据える。
何も迷わず…何も恐れず、ただ己の信じた道を貫くために。
一直線に…敵陣へと紋章機を走らせる。
冷静に状況を観察し、ちとせは心の中で呟く。
決してこちらは不利ではない、と。
互角ではないが有利でもない…やや有利、程度か。
それは、隣で戦場をじっと見つめているタクトも同じようだった。
「…………」
彼は先ほどから口を閉ざしたままであり、何かを言う気も無さそうに思える。
オペレーター達の戦況報告などは逐一入ってきている。実際に戦っている者達の叫びも。
しかし…何故か、空虚さと静寂を感じていた。
ルーウィンと戦った時のような…怒気や狂気、戦意や殺意というものが何も感じられない…あまりにも寂しい決戦。
これは夢だ、と言われたらそれを信じてしまうだろう。
それほどまでに、現実感が皆無だった。
黙ったままスクリーンを睨み続けるタクトだったが、ほんの僅かな時間、隣のちとせへと目を向けた。
自分も出撃する、と言い張った彼女を説得するのは一苦労だった。
彼女も出撃して…もしも、撃墜されようものならタクトは大事な家族を一度に二人失うことになる。
しかし、ちとせは頑として聞かず、この騒乱を最後まで見届けると一歩も譲ろうとしなかった。
誰が悪かったのか、何が間違っていたのか…、全てが分からぬままに闇に葬られるというのなら、最後まで見届けたい。
平行線の話し合いの末にやっとちとせが折れたが、その代わりにブリッジで戦況を見守らせて欲しいという条件をタクトが呑んだ。
彼女がそこまでして、この騒乱の最後を見届けようとするのは…一体誰の為なのか…。
そこまで考えて、タクトは僅かに首を横に振り、邪念を追い出す。
目前の戦いに集中しろ。考えるのは、全て終わってからでいい。
「…これで終わる、何もかも」
淡々と呟きながら照準を合わせ、トリガーを引く。狙ったとおりの軌道を描き、撃ち出されたレーザーは的確に敵艦を貫く。
ずっと…まるで呪詛のようにその言葉を呟きながら。
何故、今自分はここにいる…?
ふと、理性がどこかで疑問を投げかけた。
考えたところで無駄なことなのに、思考はそちらに向く。
今まで自分を覆っていた狂気が、少しだけ晴れたのかもしれない。
十数秒の間、考えてみるが…答えは出さなかった。
「…死ねば幾等でも時間はある」
考え事など、幾等でも出来る。それが今の結論。
死者達の冷たい手が、もう肩まで来ているのをリリィは感じていた。
許せない。心の中でそう呟く。
自分が…人を簡単に踏みにじる老人が…愚かな世界が。
誰もが目を逸らしてきた事実が、誰もが当然と思う不条理があった。
そして、それを容認するこの世界が嫌いになりそうだった。そして、それを向き合うことのなかった自分に。
だから、全てが終わったら世界を変えようと思った。誰からも理解されることなく死んだ青年の為にも。
その青年の唯一の心の支えだった約束を、踏みにじった老人を憎んだ。
その時…アプリコット・桜葉は…初めて…人を殺したいと思った。
「あなただけは…決して許すことが出来ないから」
その双眸に純然たる怒りを宿して…。
「我が軍の被害はおよそ二割、敵軍被害は皆無と言ったところです」
感情を込めず、淡々とクルーの一人が総統に告げる。もちろん、このクルーも屍兵だ。
「そうか。あの小僧に貸した分、こちら側の戦力が低下しておるとはいえ…遅いな」
ギロリと、効果音が付きそうな視線をスクリーンに向ける。
そう言うが、ルーウィンに貸した艦隊は駆逐艦、戦闘機を主とした機動力に優れる分、装甲が薄く容易に破壊されやすいものが多かった。
それに対し、最後まで温存しておいた虎の子の艦隊は重巡、戦艦クラスの固いものが多く、破壊には如何に紋章機いえど時間はかかる。
しかし、それは最前線に配置されており、内側は駆逐艦などの軽量クラスのもが多い。
前線が突破されれば、簡単に崩壊するような陣を敷いた理由は…?
「…頃合いを見計らって、何秒か…不自然で無い程度に陣を崩し、穴を空けてやれ。ネズミが袋に飛び込むように、な…」
狂気と正気の境界線は自らが決めるものではなく、他者が決めるものだ。正常な感覚の持ち主ならば、その澱んだ狂気を感じ取っただろう。
また一隻、敵艦が撃墜される。
時間はかかっていようと、じりじりと戦力を削っていることは誰もが分かっている。
しかし、それを理解すると言うことと納得すると言うことは、また別のこと。
その速度に苛立ちを感じているのは、誰もが同じで、そして…。
「全く…数だけ揃えて…うざいとしか言いようがないわね」
これで何回目の悪態だろうか。しかし、独り言であったとしても、少しは気が紛れる。
この妙な静けさを感じているのは、自分だけでないと分かっている。
まるで…ここにいる者全てが、生きた人間でないかのような気がする。
寂しくて…冷たくて、静か。ここまで空しい戦いを…経験したことは無かったから。
「…ミモ、頼みがあるんだけど」
不意にテキーラはミモレットに話しかけた。
「何ですかに?」
「…アタシの気が散らない程度に、何か喋っていてちょうだい」
「くそ…どけってんだよ!! 邪魔するんじゃねえ!!」
叫んだって無駄だと分かっていながら、叫ばずにはいられない。
なんと言おうと、思考を奪われている彼らにその声など届くことも無く。
どうしても振り払うことの出来ない孤独や不安が、消えることも無く。
どれほど撃っても、どれほど沈めようとも…まるで次から次へと湧いてくるような錯覚さえ覚えて。
「自分の信じるもん奪われた奴なんかと…遊んでる暇はねえんだよ!!」
信念も、意地も、誇りも無く。戦闘人形としか言えない者達を葬るためにここに居るわけではない。
譲ることの出来ない何かを抱えているから、同じようなものを抱える者を倒してでも進むと決めたから。
なのに…現実に対峙しているのは意地も何もかも奪われた者で。
「テメエらみたいなの相手に死んでたまるか!!」
例え殺されようと死なない。その想いを隠すことなく、叫びに込めて。
今まで、ここまで自分が情けないと感じたことなんて一度として無かった。
母と慕う人も、親分と慕う人も、やりきれない何かを必死に押し隠して戦い続けている。
どうして、その人の人格を壊してしまうのか、ナノナノには理解出来なかった。
けど、だからといって人を殺していいという許しにはならない。
「そんな事言ったら、ママや親分に嫌われるのだ…」
それに、そうやって自分を偽ったら何時か必ず後悔すると、自分の頭の中で誰かが囁くから。
無力で、何も出来なかったけれど…。
ここまで来て、何も出来ないからと何もしなかったらそれ以上に後悔する気がするから。
「ごめんなさい、なのだ…」
次に生まれたならもっといい人生を歩めますように。
そう願いながらトリガーを静かに引く。
「ねえ、ヴァニラ…?」
ポツリと…か細い声でランファはヴァニラに呼びかけた。
その表情は普段の彼女からは考えられないほどに暗くて、悲しそうで。
『…ランファさん?』
「前々から…この騒ぎが始まった頃…アンタが逃げてきた時の戦闘…覚えてる?」
『…………』
通信ウィンドウの向こうにいるヴァニラは、黙って首を縦に振った。
視線だけをちらとそちらに向け、すぐに前方に…新たな獲物に向かって、独り言のように続ける。
「あの時さ…戦った奴らは…すっごい歪んで狂ってたようにしか見えなかったけど、意地っていうのかな…それを感じてた、わよね?」
『……ええ』
「…何時からだろうね。狂ってるなりに自分の意地とか貫いてた奴から、こんな…」
『……わかりません』
二人とも、言いながら同じことを思い出していた。
今の自分達の始まりとなっただろう、エオニア戦役時のことを。
ヘルハウンズ隊の、あまりにも寂しい最後のことを。
「何でだろうね…。アイツらと被っちゃうんだよね…」
そのことを…自我を奪われていると知ってしまったせいだからだろうか。
出撃前まで何も感じていなかったのに、こうして実際に戦ってみることでそれを否応無く感じてしまう。
これが最後の戦いだと分かっているのに…それに対して、どうしようもないほどの空しさしか感じれなくて。
このままだと、沈んでくばっかりだ。
ぶんぶんと首を横に振り、空しさやら何やらを全て外に放り出す。
「腑抜けてる場合じゃあないわよね。タクトとちとせの為にも、後腐れなく終わらせるわよ」
『ええ…!』
いつも戦場で見せる顔つきとなったランファに、少しだけヴァニラは微笑んで、彼女も表情を引き締めた。
鮮血よりなお鮮やかなルビーレッドと、搭乗者の髪と同じライトグリーンの機体が群がる敵艦へと、微塵の恐れも無く飛び込んでゆく。
どれだけの時間が経ったのか、それは誰も分からない。
そして…ほんの何秒か…前線に穴が空いて…敵陣の懐まで飛び込めるチャンスが訪れた時。
誰もがそれを見逃さずに、迷うことなく飛び込んでいった。
誰もが同じ想いを抱いていたことに変わりは無く。
0%に等しい可能性を信じたくて、これ以上手を汚したくなくて。
それゆえに…自ら罠へと飛び込んで行く。さながら、蝶が蜘蛛の巣に絡めとられるかのように。
「…所詮は、その程度か!!」
それは、賭けに勝ったことへの哄笑。
「…まさか…?」
それは、疑惑ゆえの呟き。
「…全員、逃げろっ!!」
それは、第六感の警鐘。
戦闘に勝てなくても…彼は賭けに勝った。
もはや彼女らは懐に飛び込み、距離は5000程度。僅かな前線の隙間を突破してきたゆえに、背後に逃げることも敵わず。
その時、最善の手段はその場で急激な回避運動を取ることではなく、逆にそのまま真っ直ぐに…相手を追い越すことだったのだろう。
しかし、それをするものは誰一人としておらず…。
「諸君らの…負けだよ。消え去るがいい、何一つ残さずになぁっ!!」
この宇宙の果てまで轟けと言わんばかりの咆哮と、全身が引きちぎられ、砕け、消えてゆく。
それが、彼が最期に知覚した全てだった。
全てを見届けることなく、しかし、これから起こること全てを確信して…この世界からヘルムート・ゾルダートは消滅した。
目の前で何が起きたのか、正確に把握したものはいなかった。
誰もが、それを見て…一瞬、放心しそうになったのだ。
まるで体内で幾多の寄生虫が肉を喰らい飛び出すかのように…。
敵旗艦『アリオク』が弾けて、そこからドロドロに煮詰められた闇が溢れ出しとあるものを形成する。
誰もが知っていて、一度は写真などで見たことのあるだろうもの。
――ブラックホールを。
我に返り、その場で回頭し逃げようとしたところで遅い。
生まれで出でたブラックホールは貪欲に、その周辺宙域に存在するもの全てを呑みこもうとする。
「うわ…っ」
前に引っ張られるような感覚。咄嗟に隣のちとせを支え、倒れることだけは防いだ。
後方に位置するルクシオールが引っ張られるとは、あのブラックホールの吸引力はかなりのものだ。
「…掃除機に利用するには力強すぎるな」
こんな非常事態に冗談を言っている場合か…そんなツッコミを入れる余裕など誰も無い。
そもそも、冗談を言うしかないのだ。
こんな状況に陥って…打開策があるというのか?
『やばいわ…じわじわと引き寄せられてる!!』
最大速度だというのに、離れるどころか少しずつ…本当に少しずつではあるが機体が引きよせられている。
もともと機動力特化のレリックレイダーやカンフーファイターですら、危険宙域からの離脱が不可能。
となると、他の機体が逃げ切れるわけも無く…。
例え、ブレイブハートの補助があろうと元々機動力に欠けるイーグルゲイザーでは、引き寄せられないのが限界。
そして、引き寄せられているのは紋章機だけではない。残された敵艦隊も…近くに点在する小惑星及び敵艦の残骸も。
『…しかも回避できねーしな…』
どこか諦め混じりに呟くアニスに対してランファが一喝。
『諦めるんじゃないわよ!! こんなとこで死んでいいの!!』
『…! 死にたいわけねえだろ!! まだ生きたりねえよ!!』
ドンッと音がした。誰かが諦めと悔しさで、何かを力いっぱい叩いたらしい。
『…私、やりたいことがあるんです。そのためにも、早々簡単には諦められません』
決して挫けることの無い決意を秘めた表情でアプリコットが言う。
引き寄せられながらも、紙一重のところで残骸などを避けてゆく。直撃すれば、その瞬間に消滅が確定する。
ほんの何秒かでも、長く生きたい。もしかしたら、いい案が浮かぶかもしれないから。
何も言おうとしないけれど、それはきっと他の皆も同じだろう。
それを見て、カズヤは少しだけ笑みを浮かべて。
これから先の世界を見れないのが、少し残念だな…と心の中で呟く。
「…ねえ、テキーラ。きっとアレが敵さんの切り札だろうけど…何か、分かることはない?」
生きるか死ぬかどころではなく…存在が消滅するかもしれないという状況だというのに、とても穏やかに尋ねる。
『あれは…たぶん、封じられた禁呪の一つね。術者と生贄の命をもって発動し、自壊するまで周囲に存在するもの全てを引き寄せ、呑み込み、消滅させる…。そんな術を知ってた術者が居たってのが、信じられないわよ…』
「どうにか出来ないの?」
『…一定以上の質量を呑み込んで自壊するか…直接、アレを構成するのと匹敵するほどの高エネルギーをぶつければ消滅するかもしれないけど…』
そんな高エネルギー体なんてどこにもないし、ましてとんでもないことが起きる。そう言いたかったけれど。
「…ありがとう」
それだけ聞くと、カズヤは全ての通信回線を遮断し拒否状態に変える。
たった一つだけ、残して。
『…考えていることは、同じだろうな』
再び開く通信ウィンドウに映るのは、思い切り苦笑を浮かべた彼女の姿。
「だろうね」
同じように苦笑を浮かべて、答える。
ちょうどいい死に場所だ、と思う。
仲間を守って死ねるなんて、カッコいい終わり方が出来るのだから。
『…かつて、マイヤーズ司令と烏丸大尉も似たようなことをしたらしいが』
「僕らは生きて帰れないからね」
考えていることは同じ。
ブレイブハートで能力は増幅されていようと、今、この状態のイーグルゲイザーでは出力が足りない。
しかしクロノ・ストリング・エンジンを暴走させれば…あのブラックホールを構成するのと同程度のエネルギーを出せるはず。
その状態で、ブラックホールの中心へと突っ込む。存在が消滅するより、早く。
エンジンを暴走させるなら、H.A.L.O.を暴走させるのが一番だろう。
その代わり…パイロットの脳へのダメージがどれほどのものか。最悪、自我の崩壊は覚悟しておかねばならないだろう。
もっとも、高エネルギー同士の衝突の中心に居るのだから、二人とも生きて帰れないだろうが…。
「…じゃあ、行こうか。リリィ」
『…ああ』
回避を…撤退行動を止めて、多少強引に回頭し、正面にブラックホールを見据える。
スロットルを閉じた瞬間に、勢いよく機体が引き寄せられるのが分かった。
それに比例するかのように、知覚、思考の速度は速く。
誰かが、何か叫んでいるような気がするけど、それさえも聞こえなくて。
初めから、生きて帰るつもりなど無かった。
例えるなら、砂時計に残された僅かな砂か、消え尽きる寸前の蝋燭か。
「…だから」
自分はこの先に進むことが出来ないけれど、この先に進む人たちのために。
「私達が…やる」
結局、この世界の理不尽なルールに屈したのは自分も同じ。
だけど、先を歩むだろう仲間達がそんなルールをぶち壊すと――勝手ながらも――信じて。
「勝手な押し付けではあるが…」
たとえ誰もがその理不尽に抗おうとしなくても、きっと彼女ならその道を選ぶ。
憶測ではなく、それは確信。
「そのためにも…犠牲は最小限で済ませる!!」
どれほどの時間が経とうと、それほどの災厄に見舞われようと、人間は変わることが無かった。
良い意味でも、悪い意味でも。
「…欲しいというのなら、私の命も魂もくれてやる…」
ただ一人に全てを押し付けて、世界は回っている。
そして何時しかそれは当たり前のこととなり、誰も疑問を抱かなかった。否、考えようとさえしなかった。
「だから、今だけは力を貸せぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
――…OK、マスター…。
それは、誰もが見覚えのあるもの。
タクトとちとせ、ランファ、ヴァニラ、ココなら…幾度と無く見たもの。
アプリコット、アニス、テキーラ、ナノナノは、一度だけ見たもの。
紋章機の力が解放された時にのみ現れる…白き翼。
しかし…。
「…まさか」
それに真っ先に気がついたのは、ちとせだった。
続いてタクトとココが僅かな異変に気がついた。
「二番機の…出力が…限界値突破、しています…」
「…おいおい、冗談で済ませられないことするなよ、二人とも…」
引きつる笑いは、本気だと分かっているから。そして、誰もが悟る。何をしようとしているのかに…。
だが、誰もそれを止めることなど出来ない。
一体、誰が止められると言うのだ?
誰もが自らのことで手一杯のこの状況で。
どれほど叫んだところで届かないこの状況で。
誰が、この二人を止められただろうか?
誰かに全てを押し付けることでしか、上手く回らないこの世界で。
自ら全てを背負うと決めた者を止める資格が、誰にあるだろうか?
自分を構成する要素が、端から崩壊していくのがよく分かった。
しかし、それはあくまで肉体の崩壊。その器に宿る魂までは崩壊させることは出来ない。
人は死ぬ寸前に走馬灯を見るというが、何も思い浮かばず、脳裏を過ぎることも無い。
例え走馬灯を見たところで、二十年に満たない短い人生だったから、即座に終わったことだろう。
決して長い距離ではない。短いと言い切れる距離なのに、その瞬間は中々訪れなくて。
まるで、映像をスロー再生したように、ゆっくりと時間が流れているようだった。
今、手を伸ばせば…己を省みないで、駆け寄れば届くんじゃないか。そう思うほどに。
しかし、この時の流れが緩やかになった世界で…例外は一人としていなかった。
どれだけ急かそうと、同じようにスローモーションのような速度でしか動けない。
外装が…武装が、少しずつ崩壊していくのがハッキリと見えて、でも止まろうとしない。
押さえつけることの出来ないエネルギーを、雷光の如くその身に纏う機体が…ブラックホールと接触した。
ふっと、投げ出されるような感覚。
安堵さえ覚える浮遊感の直後に、どこまでも続く暗闇に放り出されるのが分かった。
もう、いいみたいだ…。そっと瞼を閉ざし、落ちるままに任せる。
彼も死ぬ瞬間に、このような感覚を味わったのだろうか。
そんなことを思ったけれど…その温もりを持った闇に身を任せ、思考を放棄しかけた時。
誰かが、彼女の手を掴んだ。
そして、力一杯に投げ飛ばされたのを理解した時、はっと気がついて。
咄嗟に手を伸ばしたけれど、自分の代わりに落ちていく少年は既に見えなくなっていて。
それが…彼女が、現世と常世の狭間で見た全て。
あの白い光が弾けた時から…二年が経ちました。
この二年…私達の周囲はあまりにも変わってしまい…しかし、世界が変わることはありませんでした。
私だって、たった二年で世界が変わるとは思っていませんでしたが…それでも…、絶望しそうになったことは確かです。
結局、あの事件はNEUEで起きた小規模な内乱という形で、それらしい事実を捏造し、真実は闇に葬られることとなりました。
あの時…、私達は、ただ一人を除いて全員生還することが出来ました。
そう…、たった一人だけ帰ってこれなかった人がいたんです。
多少なりとも距離の離れていた私達ですら、白い光の爆発に巻き込まれ紋章機は航行不能寸前でした。
ですから、中心に存在した二番機と零番機は消滅したものと誰もが思っていました。
しかし、かろうじて二番機だけ…大破寸前でしたけど…無事だったんです。
誰もが口を揃えて、奇跡だと言いました。
が、私には…奇跡ではなく罰のように思えたんです。
だって、大切な人はもうこの世界のどこにもいないんですよ?
これから先、たった一人で多くの罪を背負って生き続けなければならない、ということを罰と言わずに何と言いますか?
死ぬよりもなお、辛い罰に苛まれながら生きるなんて…きっと私には耐えられないでしょうね…。
それから一ヶ月程経った時、タクトさんとちとせさんは『死亡』しました。
もちろん、これは表向きのことです。
タクトさんが背負ったものはとても大きく、そしていずれ周囲の身勝手な期待により子どももそれを背負わされる。
それを危惧したタクトさんは、公式記録では死亡したことにしたそうです。
死因はタクトさんが事故死、ちとせさんは『内乱』にまきこまれ死亡。
それから間もなく別れてしまったため、今の私ではお二人がどこで暮らしているのか、どうしているのかを知ることは出来ません。
どこに行くとか、そう言ったことを誰にも言わずにいなくなったので、誰も知ることが出来ないんです。
風の噂によれば、ちとせさんのお母さんは時々、ちとせさんから手紙をもらっているらしいですが。
「…私の娘は亡くなっています。どうして、死んだ人間から文が届くのですか?」
そう言って、その事実を否定しています。
それでも、タクトさん達が死んでいないということを知る数少ない人間の一人であることに変わりはないでしょう。
朝日が僅かに見える。
結局、一睡もしていない。ずっと気を揉み続けていたのだが、それはまだ報われていない。
しょぼしょぼと目を擦る。と、その時…やっと産声が聞こえた。
一瞬で睡魔が四散し、隣の部屋へと慌しく駆けこもうとして、扉にぶつかる。
慌てなくていい、落ち着け。そう自分に言い聞かせるが、我が身は落ち着こうとしない。
ゆっくりと一度深呼吸をし、扉を開けて部屋へと入った。
「元気な女の子ですよ」
入ると同時に助産婦が柔らかな笑顔でそう告げるが、タクトはそちらを見ていない。
若い父親の視線は、母親に抱かれた赤ん坊へと向けられている。
ゆっくりと近寄って、近くの椅子に腰掛ける。それまでずっと、視線が我が子から離れることは無い。
それに気がついた母親…ちとせが、タクトにそっと生まれたばかりの娘を渡した。
「な、何だか壊れそうで怖いな…」
危なっかしいながらも、しっかりと赤ん坊を抱く夫を見てちとせはクスッと笑いを漏らす。
ごゆっくり。そう言いたげに、助産婦が部屋を出て行く。
「…元気に育ってくれると、いいよね」
「…ええ」
「…オレは…この子には、オレが知っていること全てを教えようと思うんだ」
それは、とても危険なことだけれども。
「それが、オレたちの義務だって思うんだ」
自らを『殺す』ことでしか、人並みの生活さえ許されない身であったとしても。
この子には、自分達が知る限りの真実を教えていきたい。
それだけが…彼の望みだった。
そして、ランファさんとヴァニラさんは以前と変わらず、です。
犠牲となった人たちの遺族には、政府関係者の人たちが直接謝罪に行ったそうですが、その水面下交渉はお二人が行ったそうです。
しかし、それが済んでしまえば…あの事件など、初めから無かったような…そんな日々が戻ってきたそうです。
「…やっぱり、終わったって言っても、何にも変わらないのよね」
マジーク市街地をどこへ行く当てもなく彷徨いながら、ランファが言う。
行きかう人々の顔は、何一つとして変わらない。
幾等事実が闇の中に葬られてしまおうと、それを実際に体験したというのに。
ほんの僅かな間に、平和ボケできるその神経は呆れを通り越していっそ褒め称えたい。
もちろん…皮肉として、だ。
「…個人が変わるには、数年…いえ、時には数ヶ月、数週間などで十分です」
ランファの隣を歩くヴァニラが、いつもと変わらずポツリ言う。多少無理をして時間を作り、ランファを訪ねてきたのだ。
五年近い付き合いの友人の、赤い瞳は空に向けられている。
何を見ているのだろう。そう思ってランファも空を見上げるが、見えるのはどこまでも続く青と途切れ途切れの白くらいだ。
「しかし…集団などの意識や認識を変えるなら…数十年、時には数百年以上かかります」
「…何にも学んで無いのよね、結局」
人はこれまで幾多もの災厄などに見舞われてきた。
しかしその災厄から、自らの起こした災いから、人間は何かを学んだだろうか?
クロノ・クエイクから六百年…文明が復興しようと、異世界との交流が始まろうと。
人間は、何一つとして学んでいない。
「そりゃあ…逃げ出したくもなるわよね…。今頃、どこにいるのやら…」
「…きっと、生きています。命を粗末にするようには、思えませんから…」
その時、二人が思い浮かべたのは、音信不通になったかつての上官と後輩だった。
そして…私達は…。
死ぬことを許されないかのように生き延びたリリィさんは、心配された脳へのダメージも少なく、障害が残ることはありませんでした。
しかし、刻み付けられたあまりに大きな傷痕は…私達ではどうすることも出来ないものでした。
「死ぬことが許されなくても…何もかもを忘れてしまえたのなら、どれだけ楽だったことか…」
呻くように…まるでこの世界の全てを呪うかの如く…澱んだ思いを、口にするのは何回目か…。
それまで、死より重い罰は無いと思っていた。
しかし、それは存在した。
虚ろな時間を過ごすことが…命を奪ったことに対する罪だというのなら…。
「…何時になったら…許されるんだ…?」
誰も…それに答えることは無かった。
許される罪など、初めからありはしない。罪が許されないがゆえに、罰がある。
死が彼への罰だとするのなら…彼女への罰は、空虚な人生を歩むこと。
いっそ…壊れてしまえたら、どれだけ楽になれたことか…。
それでも…その痛みに耐えながら一生懸命に生きていたのですが…。
あの日から、ちょうど一年経った時…突然、軍から脱走したんです。しかも、紋章機を奪って。
あの人が何を考えながら一年を過ごしていたのか、何を思って、紋章機と共に姿を晦ましたのか…私には分かりません。
ただ、その罪をもって…リリィさんも…ルーウィンさんのように名前を消され、裏切りの騎士の汚名を背負わされたことだけが事実です。
そして、当然のように私達に追撃令が出されたのですが、それを断り、軍を辞めました。
それ以来、私達は自分達なりの道を探し、歩みだしました。
アニスさんはトレジャーハンターに戻った…そうなんですけど、今探しているのは、宝ではなく人だったりします。
「アイツが脱走軍人になるなんて思わなかったぜ…。けど、どこに居ても探し出して見せるさ」
友人として、探しに行くと言っていましたが…探しているのはリリィさんだけでなく、カズヤさんも、です。
私達が軍を辞める前…、整備班のコロネさんがポツリと言ったことがあります。
「…脱走する時に何処に行くんって、思い切って聞いてみたん。そしたら…『カズヤを探しに行く』って、言いよったん」
黙ってはいますけど、整備班の人たちがリリィさんの脱走を手助けした、というのはルクシオール乗務員の誰もが知っていることです。
それを聞いて、アニスさんは二人を探す決意をしたそうです。
「リリィが生きてたんだ。案外、どっかで生きてるかもしれないしな」
それが…ありえないことだって、分かっていたはずです。
だけど…強気な笑顔で、そう言ってアニスさんは旅立って…それきり、会っていません。
ですが、きっと帰ってくる。私はそう信じています。
ナノちゃんは、ヴァニラさんのもとへ戻るものと思っていたのですが…予想に反して、アニスさんに付いて行きました。
これには、アニスさんも…そしてヴァニラさんも驚いたようでした。ですが。
「何時までもママの近くにいるわけにはいかないのだ。独り立ち、なのだ」
本当は寂しいだろうけど、それを押し隠して、自立しようとするナノちゃんを止める人はいませんでした。
アニスさんと一緒に、リリィさんとカズヤさんを連れて帰ってくるって私と約束して…。
その時…何だか、私だけ置いていかれたような気分になったというのは、秘密です。
そして、私とカルーアさんは偏見や差別の無い世界を作ろうと、あちこちで呼びかけています。
ルーウィンさんのような、辛く悲しい人生を送る人が一人でも減ってくれたら…。
そういう思いで、何も見返りを求めることなく世界中を駆け回っていますが、やはり…理解してくれる人は僅かです。
時には、ルーウィンさんと似た境遇に置かれた方達からも、敵意の視線を向けられることだってあります。
世界を変えるには、どれだけの時間がかかるか分かりません。
私達が生きている間に、世界が変わることなどないのかもしれません。
数百年、人間は何一つ変わることなく生きてきました。
その間に出来上がってしまった理不尽なルールを壊す、というのは並大抵の努力では無理でしょう。
ですが、私達は諦める気はありません。
私達が駄目でも、私達の後に続く人達が現れて、少しでも世界を良くしようとしてほしい。
理不尽なことを理不尽だと叫んで、それを認めないでほしい。
誰もが自らの力だけで歩み、誰もが手を取り合って生きていける世界になってほしい。
理不尽な偏見も、差別も無い世界であってほしい。
それが…私達が…、裏切り者と呼ばれた人たちのために出来る数少ないことの、一つだと信じています。
トランスバール暦419年…。この時期に、後の世に名を残す幾つかの話が各地で伝えられるようになる。
一つは、歴史の闇に消えていった事件の話。
トランスバール暦418年の終わりにNEUEで起きた内乱は、実際はEDENに対するNEUE側の敵対行動であり、その当時最強部隊と言われたルーンエンジェル隊のメンバー達の手により全面戦争になるより前に解決されたということ、そしてそれが発覚することを恐れた政府により事実が捏造されたという話である。
フィクションと言われていたが、実際はノンフィクションではないかという意見が各地から寄せられた。
それに対し、時の各国政府の否定により、それが現実にあったことだと、まことしやかに噂されるようになった。
なお、この話の作者は不明である。
二つ目の話は、子ども向けの話であり、人の親に育てられた悪魔の話である。
周りから偏見の目で見られ、迫害されながら、絶望の果てに命を落とした悪魔の描写が読んだ者の涙を誘った。
子ども向けの話でありながら、悪魔が主人公であること、後味の悪い終わり方をするなどの、特徴的な話である。
後の世において、子ども達の人権教育などでよく使われる話となる。
作者は早い時期から、人種偏見の撤廃などを求めたアプリコット・桜葉ではないかと言われている。
三つ目の話はセルダールにのみ伝わる、とてもローカルなものである。
裏切り行為を働いたとする二人の騎士に関する話であり、それだけ見れば裏切り行為を戒める物にしか見えない。
しかし、実際は裏切り者とされる騎士達は、国を裏切ったわけではない、ということが記されている。
一人は時の王より密命を任せられ、それに従っただけであり、実際のところは裏切りを行っていないとされ、もう一人は時の有力貴族達などにより、濡れ衣を着せられただけだという。
この話に込められた意味が何なのか、それを真に知る者は既に存在しない。
大半の者達は、教科書に記されたことだけが真実ではない、としかその意味を汲み取ろうとしない。
なお、この話を伝えた者は不明である。
最後の話、これは創作物語。
幾度となく世界を救い、誰からも愛されし英雄が唐突に世界を見捨て、どことも知れぬ場所へと行き、帰ってこなくなった。
そして、英雄に付き従う天使もそれに伴い姿を消した。
二人の後継とでも言える勇者も命を落とし、彼の片腕である剣士も闇に堕ち姿を消した。
偉大なる英雄と天使に見捨てられ、その次を担う勇者と剣士に見捨てられた人々は、自らの愚かさではなく、彼らを呪ったという。
世に生きる人々の愚かさを描いた物語であり、これに書かれた英雄達は実在した人物では無いかと言われている。
この話を書いたものは、やはり不明である。
気がついたら、ここにいた。
どこかへ向かう列車の中。四人がけのボックス席に一人。対面にも隣にも、誰もいない。
この列車がどこへ行くのか、何となくだがカズヤは察していた。
この車両には、他には誰も乗っていない。これから先、終着駅に着くまでに誰か乗るのだろうか?
窓から見えるのは見たことも無い場所で、雪が積もっているので白く染まっていた。
空に目を向ければ、暗い夜空に幾つもの星が浮かんでいる。
窓枠に肘を載せて頬杖をついて、それをじっと飽きもせず見続けていたが、不意に。
「乗車券を拝見させてください」
穏やかな笑顔の青年車掌が声をかけてきた。ポケットを探り、切符らしき紙切れを車掌に見せる。
それを確認し、青年は切符をカズヤに返した。
「…僕の行く場所は、地獄でしょうか」
青年に向けていったわけではない。独り言だった。しかし、青年は笑った。
「…死後の世界に、天国も地獄もありませんよ。あるのだったら、おれも君も、地獄こそふさわしい人間だろうね」
帽子を深く被りなおし青年はカズヤに言う。帽子の鍔を持つ青年の左手の指は、四本しかない。
「君からは濃い血の臭いがするからね…。何人殺したのかは知らないけれど」
「…数えてませんから」
ちょっとだけ苦笑を浮かべるカズヤ。
奪った命の数など…覚えていない。殺した人の数は…覚えていられるほど…少なく無い。
「向こうはいいところだよ。苦しみも何も無い。ゆっくりと休める。そして、現世に戻るか…それともおれみたいに、留まるのも自由だ」
「そうですか…」
「…連れは、置いてきたのか?」
その問いに、カズヤは苦笑いを浮かべた。
客と車掌でありながら、砕けた言葉で話す青年。しかし、それを失礼に思ったりはしない。
生きている間に、青年と話をしたことなどなかった。だが、この青年は自分達のことを知っている。
それに別に驚くことも無く…静かに言う。
「僕があんな道に引きずりこんだから…二人一緒に、っていうわけにはいきませんよ。勝手でしょうけど、ね」
それがどれだけ苦痛を与えたのか、カズヤが知ることは無かったから。
だから、苦笑いを浮かべながら答えることが出来た。
「…そうか。じゃあせめて、連れがこっちに来る時は迎えに来るぐらいしたほうがいいんじゃないか?」
「そうしますよ」
でもきっと怒るだろうな。声に出さずにそう付け加える。
そんな心の声を察してか、同情するかのように微笑んで青年は前方の車両へと移動する。
カズヤは再び頬杖をついて、窓の外の光景を眺めはじめた。
車両のドア付近で、青年が誰かとぶつかりそうになった。誰かが前方車両から来たらしい。
「おっと…すみません」
「あ…すまない」
その声は、聞き覚えがあった。
まさか…。そう思って、前方のドアのほうに目を向ける。その時には、青年はもう前方車両に行ってしまったらしい。
きょろきょろと周りを見る青い髪の女性と目が合った。
そして…カズヤは、震える声でその人の名を、呼んだ…。
「…ははっ。すまないな、少年。あれじゃあ、無責任だってもんだぞ」
前の車両の、ドアの窓から二人をこっそりと見ながら青年が呟いた。
何と言っているのか、ここからでは分からない。しかし、どこか嬉しそうで…少し驚きが混じっているのは、分かった。
「余計なお節介かもしれないが…同じ罪を犯したのなら、同じ罰じゃねえと不平等だろ?」
そう言う青年の表情は、どことなく楽しげなものだった。
青年が何をしたのか、それを知るものはいない。
誰もいない車両。そのドアの近くに立てかけられた、抜き身の剣。それからは、血が滴り落ちている。
それを手に取り、床に転がしていた鞘に収める。
死んでからは、一度も使うことが無いと思っていたもの。
死んでからも、たった一度だけ命を奪ったもの。
二度と、現世には戻るまいと思っていたから…誰も、迎えに行くほど親しくしていた人などいないから。
だけど、彼女があまりに哀れに見えて…だから、彼の代わりに幕を下ろしてきた。
帽子を目深に被りなおしながら、白髪の青年は決して聞こえぬ声で、呟いた。
「…ゆっくりと休むといい。なあ、裏切り者さん…」
…The End
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あとがき
…お、終わった…。Betrayer最終章…ようやく、ようやく出来ました…。
…時間かけたわりに、全然盛り上がらないラストなのは…すみません…(汗)
もういっそ寂しい、空しいって感じの漂うラストバトルにしよう!!って決めて…すみません、いまだに戦闘演出がド下手で…。
エピローグは最初、リリィは消息不明でどうなったかは読んだ人に任せようかと思ったのですが…。すみません、殺しました。
無責任に、読んだ人任せにするのがただの逃げだという気がしたので、明確にオチをつけました。
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