「それに…とても辛い思いをしていたのは父さん達だけじゃなかった」

「他にも、誰かいたの?」

「ああ、父さん達に協力してくれた人がいたんだけど…その人はもっと苦しかったんじゃないかな」

 父親は彼のことを思い浮かべる。

 全てを背負わされて、この世を去った青年のことを。

「…いや、苦しいなんてものじゃなかったろうな…」

「…お父さん、話の続きは?」

「あ、ごめん。それで…」

  父親は子どもに話の続きを聞かせはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六章       対決or悔悟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は戦い続けていた。どことも知れぬ場所で、何の感情も浮かべず、淡々と剣を振るいながら。

 蒼い髪を鮮血で赤髪に染めながら、ずっと、ずっと。

 それを、間近から見ていた。

 手は届かない、声も届かない。ただ、そこに居た。

 近くにいるというのに、彼女は彼の気配に気が付くこともなく、殺し続け、やがて手を止めた。

「恨むなら、私だけを恨め。憎むのも、祟るのも、だ」

 死者達に告げるその言葉は、とても冷たく、彼も背筋に寒気を感じるほど。

「もし…仲間を、彼を祟りでもしたら…地獄のどこに居ようと、貴様らを殺しに行ってやる」

 それだけ言い終えると、地に倒れこみ、二度と起き上がることは無かった。

 だが、いつの間にか彼女の仲間らしき者が側に現れ、骸を抱えてその場を離れていった。

 

 

 そこで、彼は目が覚めた。

「…悪い夢を見るにしても、おれが責められる夢でないだけ、マシか…」

 その時、逆らえずに手を幾人もの民間人の血で染めた。

 民間人でも軍人でも、殺してはいけない、殺していいという差は無いと彼は思っている。

 だが…。

「…守れなかった…、父さんと、母さんとの…最後の約束…」

 それは今なお胸に刺さり、見えぬ血を流し続けている。

 その痛みを誤魔化すため、これから起きるであろう戦いに思いを馳せる。

 痛みを心の奥底に押し隠し、無理やり高揚感を高める。

 いつの間にか慣れてしまった、自らの心の操作。

 これまで何度と無く繰り返してきたこと。出撃前もそうしたのに。

 今は、中々上手くいかなかった。

 

 

 

 

 彼は戦い続けていた。どことも知れぬ場所で、鬼気迫る表情で、我武者羅に剣を振るいながら。

 白き髪と衣服を赤斑に染めながら、ずっと、ずっと。

 それを、上から見下ろしていた。

 現実感は皆無に等しく、まるで夢を見ているような感覚。

 彼はこちらに気が付くことも無く、止めることもなく、殺し続けている。

「違うんだ!! おれは…おれは約束を破りたくなかったんだ!!」

 その悲痛な叫びの意味は分からない。

「父さんも、母さんも…何でそんな目でおれを見るんだよ!! おれは誰も殺さないって約束を、破る気は無かった!!」

 響く慟哭。しかし、彼の父母らしき死者達は、虚ろな眼窩を彼から逸らすことなく、彼の肉を、血を貪り始める。

 何時しか慟哭も途絶え、後には…何も残らなかった。

 

 

 そこで、彼女は目が覚めた。

「…?」

 何故、あんな夢を見たのだろうか?

 自分が死者に喰われるのなら、まだ分かる。犯した罪は、死者達が自分を喰らうことでしか償えないのは承知のうち。

 なのに、何故彼が死者に喰われる夢を見た?

 まさか、彼はブラマンシュ商会関係者虐殺に関して、罪の意識を持っているから?

「夢で見たことが、事実なら…だが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの補給の名を借りた略取より一ヶ月、その間はまるで嵐の前の静けさのようだった。

そして…それに気がついたのは、偶然でも直感でも無かった。

 ハッキリと、見えたのだ。隠れもせず、堂々とこちらに向かってきていたのが。

「マイヤーズ司令…、前方に敵艦隊が…」

「見れば分かるよ。何ヶ月かぶりの戦闘だけど、まさか正面から堂々と来るとは思わなかったね」

 今までのパターンなら、大抵の場合は奇襲するかされるか、だ。

 なのに今回の場合に限って正面から堂々とやってきた。

「何を考えているのか分からないけれど…、とりあえずエンジェル隊を出撃させよう。ちとせ、よろしく」

「わかりました」

 ぱたぱたとちとせがブリッジを出て行き、艦内放送で出撃が伝えられる。

 その間にも敵艦隊は距離をどんどん縮めてきたが…突然、ピタリと進むのを止めてしまった。

 正面から攻めてこられたとはいえ、こちらはまだ迎撃準備が整っていない。

 それに、足の速い戦闘機や高速艦も向こうには揃っている。攻撃を仕掛けるのならちょうどいいだろうに。

 紋章機が出撃するまで待てば、不利になるのは明らかなのに何故攻めてこないのだろうか?

「司令、敵旗艦から通信が入ってますが…繋ぎますか?」

「ああ、頼むよ」

 モニターに映し出されたのは、真っ白な髪と首筋に火傷痕をもつ若い男。

 歳はタクトと変わらないくらいだろう。ニヤリと笑い、左手を上げている。そして、その左手には小指が無い。

『アンタがEDENの英雄、タクト・マイヤーズか。まったく、こんな能天気そうな奴が英雄とは…EDENってのは気楽な世界らしいな』

「かもしれないね。で、きみの名前は?」

 あからさま過ぎる挑発。わざとやっているのか、それとも彼なりの挨拶なのか、分からない。

『烏丸殿かシャーベットか、あの赤毛から聞いてないのか? おれはルーウィン・ヴァンフィールドって者さ』

「ふーん、きみがねぇ…。遠路はるばる来てもらってなんだけど、まだ歓迎会の準備が出来て無くってね。待ってくれるかい?」

『ごゆっくりと。って、すまないのはこっちもだな、せっかく英雄の肩書きを持つ人間に会いに来たってのに、手土産の一つも無いんだ』

 お互いににこやかに笑ったまま。だが、それが本物かどうかは分からない。

「それは礼儀がなってないね。お土産くらい持ってきてよ」

『いや、ご無礼をしてしまい、失礼。さて、準備はそろそろ整ってきたようだな』

 どうにもこうにも、やりにくい気がする。だが、決して話が通じないわけではない。

 それが、タクトのルーウィンに対する評価だった。

 

 

 

 

「やっと出てきたか…。あー、あの紫紺のが烏丸殿だよな。で、あの青いのがシャーベットか」

 仮にも最強と呼ばれる兵器である紋章機と対峙しても、ふざけているのかどうか分からない。

 まるで新しいおもちゃを与えられた子どものように、わくわくした表情をしている。

 もっとも、それは彼だけだが。相変わらず、オペレーター達は黙ったまま任務に従事している。

「確かに射程距離は長そうだな。楽しみだぜ、どこまでおれがやれるかよ」

『紋章機と戦おうかって時に、そんな反応を見せるって余裕だね?』

 呆れたような表情でタクトは言うが、彼は気が付くことなどあるまい。

 そうやって、隠した痛みに震えそうになる自分を誤魔化しているのだと。

「んー、楽しそうじゃん。英雄と天使に挑むなんてよ、まるで神話に出てくる魔王や魔神みたいじゃないか?」

『…実はヒーローより悪役が好きなタイプ、とか?』

「ま、そうだね」

 タクトの言葉を肯定すると、一度息を吸っていきなり狂ったように、

「見ろっ! 人がまるでゴミのようだ!! とか、傲慢は罪なりいぃ!! その罪、万死に値するぞぉぉ!! とか言ってみてえし」

『あぁ、分かるような分からないような…。まあ、分かったらちとせに嫌われそうだから、今は正義の味方させてもらうよ』

「ま、おれはヒーローより悪役に憧れてたクチだからな」

 今にも戦いが始まろうかという時に行われている、男同士のくだらない会話。

 どこか楽しげで、緊迫感を含んだ危うさを感じさせる。

『じゃあさー、ついでだし一ついいかな?』

「んー、何だ?」

『ブラマンシュ商会の関係者虐殺に関して…君は関わっているのか?』

 

 その言葉が放たれた時、ルーウィンは口を閉ざした。

 先ほどまで押さえこんでいた痛みが、表に出そうになっている。

 

「…ああ。おれはそれに関わっている」

 だが、それでも慎重に言葉を選び答える。大丈夫、まだ落ち着いていられる。

『どうして、あのような残虐事件に関わったんですか!?』

 ちとせが悲痛な顔でそう叫ぶが、ルーウィンだって今、この場で本当のことをぶちまけたい。

 おれはあんな事に関わりたくなかった!! と。

 だが、今はそれを言うことは出来ない。

「それを貴女が言いますか、烏丸殿? 今日に至るまで、貴女は何人の兵士を死地に追いやり、殺してきた?」

 ゆっくりと、出来る限り淡々と言う。だが、僅かに握り締めた拳が震えているのが、分かる。

「民間人も軍人も同じ。敵で軍人だから殺していい、なんて理屈が通るんですか?」

『そ、それは…』

『…それ以上、烏丸大尉を侮辱するな。もし止めぬというのなら、貴様の眉間を貫くぞ』

 何も言い返せず、誰もが黙り込んでしまう中、ただ一人だけ静かに口を開く者がいた。

「ん…、そのレールキャノンでおれの眉間だけぶち抜けるのか?」

『まあ、不可能だろうな。だが…これだけは言わせてもらおう』

 一度だけ、ゆっくりと大きく息を吸い…何の衒いもなく淡々と、告げる。

 

『彼らを死地に追いやったのは皆だが…直接手を下したのは、私だけだ』

 

 その一言にルーウィンが絶句してしまった。

 多少なりとも混乱した頭で、必死に考えて…やっと浮かんだ言葉を放つ。

「…マジかよ、おい?」

『冗談で済めばいいのだろうが…事実だ』

 実際のところカズヤも殺しているのだが、彼はこのやり取りに決して口を挟もうとしなかったため、ルーウィンはそれを知ることはなかった。

 せめて…とトドメを刺すことを皆が覚悟したのは、解散宣言の出されたあと。

 それまではずっとそれを躊躇い、誰もそれをしようとしなかった。

 そして、自分の意思でこの場に居ると決めた後はあまり戦闘が無かったということもあるが…。

 

 

 この瞬間に、ようやくルーウィンは悟った。

 自分に向けられる深い蒼色の目は、全ての光を飲み込んでしまうかのように、凝縮された闇を湛えているという事に。

 あの夢が、作り物ではなく事実を告げていたということに。

「何だよ…お前、修羅に落ちたのか…。ったく…笑えるな。伝統あるセルダール騎士が、かたや王を裏切って、かたや誇りを捨てて修羅と化すか」

 どこか壊れたように、からからと乾いた声で笑う白い裏切り者。

 それ対して、青き修羅はあくまで静かに、淡々と言葉を紡ぎだす。

『…一つだけ確認しておこう。お前は、本当に裏切ったのか?』

「…聞きたきゃ、地獄に来てから聞け。たぶん、おれの方が先に行くからよ…」

 それか、おれを殺さずに捕まえてみろ。と付け加える。

『なら、そうさせてもらうさ。エンジェル隊、攻撃開始だ!! 作戦目標は敵の全滅、ただし、敵旗艦は抵抗できない程度に留めろ!』

 黙って状況を静観していたタクトが、突撃の号令を出す。

 それと同時に、自由に漆黒の海を駆けていた八つの機体が一直線にこちらに向かって、突っ込んでくる。

「かかってきやがれ!! そうそう簡単におれがやられると思うなよ!!」

 

 

 

 

「伊達に大口を叩いたってわけじゃないのか!!」

 思うように進まない戦闘に、つい舌打ちをしてしまう。

 敵戦力の25%を壊滅させたものの、まるでキリが無いかのような錯覚を覚える。

 決して練度が高いわけではない。機体の性能差とて明白。

 だというのに…!!

「今までと勝手が違うからな…」

 数に任せて、命を気にせず突っ込むこともせず、冷静に、どこまでも冷静にこちらを迎え撃つ。

 幾等最強の兵器であろうとも、複数の敵艦を同時に相手にすることなど出来ない。

 前線を突破しようと何度も試みるカンフーファイターとレリックレイダー相手に、十隻ほどが壁になり、手近の駆逐艦が攻撃を仕掛ける。

 もともと装甲の薄さを機動力で補っている機体である以上、濃い弾幕の中を突っ切るとなると、それは即死へと繋がる綱渡り。

 ランファ達を援護しようと、クロスキャリバーとスペルキャスターが接近しようものなら二、三機の戦闘機の編隊がそれを邪魔する。

 ハーベスターとファーストエイダーは孤立させられてしまい、修理に行くこともままならない。

 それでも、エネルギーとナノマシン残量に余裕があるうちはリペアウェーブが使える。

 余裕があるうちに、しつこくまとわり付く連中を落としてしまいたい。

 けれども…やはり、この二人は人を殺すということを躊躇っている。

 それを知ってか知らずか…ルーウィンは有人艦ばかりをヴァニラたちにぶつけていたのだ。

 だが、押されているわけではない。シャープシューターとイーグルゲイザーが長距離からの射撃で援護している。

 が、だ。今の状況は…これまでの戦闘とは比べ物にならないほどに敵艦の数は多く、敵味方が完全に入り乱れている。

 つまり、迂闊に撃てばハーベスターやファーストエイダーに当たりかねない。

 だから、思い切った攻撃が出来ない。

 まかり間違ってもフェイタルアローやエクストリームランサーなどが味方に直撃しようものなら、それこそ目も当てられない惨事と化してしまう。

「地道にやるしかないってことか…!!」

 指揮も何もあったものではない。これ程までに大規模な艦隊戦を経験したことが無いわけでもない。

 だが、その時と目的はまるっきり違う!! 今の勝利条件は自分たちだけで敵を殲滅しろと言われているのと変わりない!!

 混戦という言葉さえ生ぬるい状況で、もはやオーバーヒート寸前の脳をなだめることも諦め。

 それでも、必死で戦況を把握しようとし、最適な指示を考える。この距離では、やれることがない。

 

 

 

 

「くそ…、また失敗かよ!!」

『だったら、もう一度行くだけよ!!』

「あいよ、姉さん!!」

 何度と無く、前線を強引に突破しようとした。

 その度に分厚き壁に阻まれ、隙間なんて存在しないかのような弾幕に前へ進むことが出来なかった。

 だけど、諦めない。幾度と繰り返した突撃の成果は、少しずつではあるが蓄積されていく。

 ワイヤーアンカーが…グラビティクラストが…一隻、また一隻、地道に敵艦をスクラップへと変えてゆく。

 一気に突破は出来ない。それでも、決して負けているわけじゃないから、戦意が失われることだけは無かった。

「とっとと道を開けろぉぉぉっ!!」

『邪魔だからどっか消えなさいよっ!!』

 溜りゆく疲労を振り払うため、燃え滾る闘志を維持するため、共に叫んだ。

 

 

 

 

『ハイパーブラスタアァァァァッ!!』

「ヘキサクロスブレイクッ!!」

 オレンジ色の高出力ビームが戦闘機を薙ぎ払う、光の魔方陣に囚われた駆逐艦が爆発、四散する。

 これで何機目なのか、もう分からない。

 誰の援護にも回れず、ひたすらに目に付いた敵艦を片っ端から落としていって。

 どれだけ時間が経ったのか、それさえも分からない。

 テキーラ自身、分かっていなかった。それほどまでに時間が経過していないことに。

 自分が思っている以上に、敵艦を落としていないことに。

「桜葉、大丈夫?」

『ちょっとエネルギーが心もとないけど、平気です!!」

「じゃなくて…いや、いいわ。」

 自分が思っている以上に、あの少女は強くなっている。

 ふっ、と息を吐いて、気合を入れなおす。まだ、敵は残されている!!

 

 

 

 

「邪魔しないでほしいのだっ!!」

 怒鳴ったところで、それは意味が無い。

 だから、トリガーを引く。だが、外れる。いや、外した、が正しいか。

 覚悟なんてもう決めたと思ってて、だから、殺せるって思ってた。

『ハーベスター、被弾…』

 だが、エネルギーシールドのおかげでそこまで深刻な損傷ではない。

 撃たなくては、殺される。撃たないと…、また、彼女が罪を重ねる。

 それでも…二人の、震える手はしきりに訴え続ける。

 嫌だ、と。

 

 

 

 

「大分減ってきましたが…ランファ先輩達では、まだ旗艦へは届きませんね」

 普段から疲労が溜まりっぱなしのうえ、今日に限って気分も優れない。

 それでも出撃したのは、あの青年を止めたいと思ったからだろう。

 分かってあげられるとか、そんな傲慢さではない。

 ただ、彼自身にすら把握出来ないほど、多くの矛盾を抱える彼を放っておけなかっただけなのかもしれない。

「リリィさん、しばらくの間、貴女一人に任せてもいいですか?」

『無論、了解です』

 その一言を聞くや、前線へ向けてシャープシューターを走らせる。

 今はまだ届かない言葉の代わりに、想いを込めた一撃を届かせるために。

「正射必中! フェイタルアロー!!」

 

 

 

 

「巡洋10番組と11番組を移動させろ、本艦の壁にするんだ!! あの赤い二つの機体へのマークも緩めるな、突破されたら終わりだ!!」

 次から次へと送られてくる情報を瞬時に頭に叩き込み、一秒で考えをまとめると同時に配下の艦隊へと指示を出してゆく。

 数秒でも気を抜けば、戦線は崩壊する。脳内の思考速度が落ちても同じだ。

 だが、じわじわと押されていることに変わりは無い。

 既に配下の60%が壊滅した。どれだけ撃っても、傷ついても、彼女らは粘り強く戦い続けている。

 前線が突破されるのも時間の問題でしかない。

「ったく…伊達や酔狂で天使は名乗ってねえってことか…。主砲を使うか…?」

 仮にも魔眼を持つ魔神の名を持つ以上、バロールの主砲の破壊力はかなりのものだ。

 が、一発撃つ度に再度撃てるようになるまでに並みの戦艦の倍以上の時間がかかるというデメリットがある。

 おまけに撃つ時にも、時間がかかるという代物だ。火力特化といえば聞こえはいいが、はっきり言ってあまり使えない。

 だが当たれば、それなりに損害はでるはず。実際に撃ったことのないルーウィンには、詳しいことなど分からないが。

「来いよ…簡単にやられるわけにはいかないんだ…!!」

 初めから勝敗なんて分かっていたけど、手抜きをしてしまえば全て水の泡だからと全力で戦っていた。

 戦闘が始まる前に感じていた高揚感も今は無い。

 目的は一つ。配下の艦隊を全滅させてもらうこと。上からの任務を果たすためには、周りにも他の艦がいないことが絶対条件。

 そうでなければ、待っているのは確実な死。

 手抜きをしているとバレても同じことになる。冗談抜きに彼は本気だった。

 その時。不意の衝撃と共に、バロールの巨体が揺れた。

 その場に立っていられなくなり、無様に前へ投げ出されてしたたかに頭やら腕を強打した。

「四番区画に被弾。長距離からの狙撃です」

「撃ったの、誰だ?」

 いたたた…と、頭を左手で押さえながら立ち上がる。こぶが出来ているかもしれない。

「紫紺の機体です」

「烏丸殿、か…。これで撃ったのがシャーベットだったりしたら、下手すればおれたち全員あの世行ってたかもな」

 最初から自爆特攻を防ぎたいのであれば、有人艦であるならば操縦している人間を殺せばいい。

 そして、彼女は実際そうやって人を殺してきた。同じ世界で生まれ、育った同胞を葬り続けてきた。

 本星で会ったときの…、罪を背負うことを躊躇っていた彼女はもういない。

「ったく…どうして闇に堕ちるかな…。そんなことなったら、堕ち続けることしかできないのに…、お前は光の下を歩いてりゃいいんだよ…」

「損害率、70%を突破。どういたします?」

「…そうだな…、残存戦力には、どれだけ有人艦を含んでる?」

「ゼロ、です」

「そうか…、なら残存戦力をバロールの周囲へ。正面以外からやられないようにしろ」

 バロールの火力はほぼ正面に集中しており、側面は弱い。

 主砲に比べ、副砲の火力は微々たるもの。あくまでも主砲という魔眼が、バロールの武器だった。

「頼むから…そんなタイミング来ないでくれ」

 誰にも聞こえぬように、小さく呟く。

 

 

 戦力の大半を失ったルーウィン配下の艦隊はそれでも、必死で戦い続けていた。

 ルーウィンとしては、自分の乗る旗艦以外は全て撃墜してもらわねばならなかった。

 だから、手抜きに見えないように最後の最後まで足掻いてもらうしかなかった。

「…10秒内に主砲の射線に入るだろう機体はあるか?」

「…おそらく、あの赤い二機かと」

「…そうか」

 エンジェル隊は残った雑魚の相当に手間取っており、バロールの主砲に注意を向ける者がいない。撃つなら、今。

 すまない。心の中で呟き、ルーウィンは最後の指示を出す。

「主砲、発射準備。バロールの魔眼のように、必ず殺せ」

 バロールの主砲なら、装甲の薄いあの二機程度なら撃墜できる。

 ルーウィンは今現在、敵である彼女らを誰一人死なせないことを諦めた。

 

 

 …だが、主砲が放たれることは無かった。

 

 

 

 

「穿て、我が信念の輝き!! エクストリームランサァァァァッ!!」

 

 

 

 

 魔神バロールが、実の孫ルーの持つ魔槍ブリューナクに魔眼を貫かれ、死んだように。

 

 

 

 

 蒼き光の槍が、魔眼と呼ばれた主砲を貫き…破壊したから。

 

 

 

 

「……タイミング良すぎんだよ」

 ははっ…と、笑い声が零れた。

気がついていたのかどうかは、分からない。

けれども、彼女はその瞬間を狙っていたかのように。

まるで手品か何かのやらせかのように、最高の一撃を叩き込んだ。

それだけが、事実だった。

 

 

『さて…残ったのは君だけだが…どうする、まだ抵抗するって言うのかい?』

 タクトが告げたその一言で我に返った。クルーに問いただすと、それを肯定された。

 決して長くはないが、短くもない時間を呆然としていたらしい。

 待っていた瞬間が訪れたことをルーウィンは悟った。しかし、まだ彼にとって賭けは終わっていない。

「そうだな…」

 言いながら、誰にも気づかれないように右足を一歩、前へ。腰に刷いた剣の柄に、右手をかける。

 父さん、母さん、ごめん…。おれは…約束を二度も破ることになった…。心の中で、そう呟きながら。

「降参、するさっ!!」

 言うと同時に剣を抜き放ち、右へと転がるように移動。0.01秒遅れて彼が立っていた場所をレーザーが通過する。

  そのまま、彼は一気に駆け出し、一番近い場所に居たオペレーターの胸を剣で貫く。

 腹に蹴りを叩き込み、剣を引き抜いた。溢れ出す鮮血を浴び、白い髪と衣服は紅に染まる。

 その一瞬の隙を狙って、三条の輝線が放たれた。

 

 

「な、何だ、一体!?」

 突然、敵旗艦のブリッジで始まった仲間割れに、タクトはすっかりと混乱してしまった。

 しかも、白髪の青年が一人殺した辺りから通信が切れてしまい、今、向こうがどうなっているのかサッパリと分からない。

 混乱して空回りする脳を落ち着かせ、現状を把握しようとする。

「…あのルーウィンって奴、根っからの裏切り者ってわけじゃないのか…?」

 ちとせが言ったように、何かしらの理由があった?

 じゃあ、その理由は?

「ココ、通信は繋がらないのか!?」

「やっています!! が、繋がりません!!」

『タクト、何で向こうの指揮官が自分の部下殺してるのよ!?』

 ランファからの通信。しかし、それはこっちが知りたいくらいだ。

「わからないよ!! 何か理由があったんだろ、例えばもとから向こうから寝返るつもりだったとか!!」

「マイヤーズ司令、敵旗艦と再度通信が繋がりました!!」

 ランファに怒鳴り返すのと同時に、ココが告げる。

 通信回線は各紋章機とも繋げている。だから、タクトやココだけでなくエンジェル隊のメンバーも…。

 

 

 その光景を目にし、息を呑んだ。

 

 

 無造作に転がる、四つの死体。胸を貫かれ、首を刎ねられ、腕や脚が切り落とされている。

 死体から溢れ出た鮮血で、ブリッジは完全に血の海と化している。

 そして…白い髪や服を鮮血で赤斑に染めたルーウィンが、シートの一つに背を預けてこちらを見ていた。

 返り血だけで染まったわけではない。右腕は肘から先が無く、腹部や胸部には小さな穴が複数あり、そこから今も赤い液体が流れ続けている。

『ははっ…どうにも、ここがおれの人生の終着駅みたいだ…』

 ゆらりと立ち上がる。が、ふらつく。大量失血の影響だろうか。

 それでも残された左手で剣を握り、それを杖代わりにして、コンソールまで歩いて近づく。

『ったく…何だよ…屍兵なんぞを…ごほっ…おれの見張りにしてたのかよ…』

 吐き出した血が、床を更に赤く染める。

『国の…一番上からの極秘の任務でこれかよ…いや…最期にあんたらに伝えなきゃいけねえことあるんだ…』

 その言葉を聞いて、真相が分からないものはいないだろう。

『おれが…調べたこと全部、上着の裏ポケットの中…入れたディスクに…全部入ってる…それと…裏ルー…の、……との接触法がな…』

一部、   何を言っているのか聞き取れなかった場所もあるけれど。

「…ルーウィンだっけ? 君は国を裏切ったわけじゃないんだな?」

 念のため、直接聞いておきたかった。

瀕死の人間に聞くなんて、って思われるかもしれないけれど。

 彼しか知らないことなのだから。

『疑り深いのはいいことだ、と…。そうだよ、誰が好き好んであんな馬鹿の元に行くかよ』

 それに、と言ってこう付け加えた。

 国を裏切るってことは、父さんと母さんも裏切ることになるからな、と。

『とりあえず…おれはここから脱出する。あとはそっちでおれの死体回収して、悪いけどバロールはぶっ壊しといてくれ』

「おいおい…脱出するまでに君が息絶えたらどうするんだ? それなら」

『それまで、気力で命繋いでみせるさ…』

 ずるずると足を引きずり、全身から血を流しながらルーウィンがブリッジを出て行くのを、呆けたようにみていたタクト。

 だが、その瞬間に動き出していた者が幾人かいた。

 何が出来る、と言われたかもしれない。けど、じっとしていられなかった。

 

 

 

 

「ごふっ…そろそろ、か。まあ…何とか脱出もしたし、言わなきゃいけねえことは言った…」

 緊急脱出時用に備え付けられた小型船は、もうバロールから離れた。

 それを確認すると、不意に睡魔に似たまどろみが襲ってきた。

 もう痛みも感じない、何も見えない。自分の言った言葉さえ、聞こえない。

 死神は、もうすぐ側まで来ているようだ。

 艦内に残っていたクルーは皆、自殺していた。だから、脱出するまで命を繋いでいられたが、やはり生き延びることは出来ないようだ。

「やっぱ地獄行きなんだろうな、おれ。ははっ…ごめん、父さん…母さん…。迷惑かけてばっかの挙句…ロクでもない終わり方しちまって…」

 十七歳になるまで、おれが騎士になるまで…見捨てずにずっと育ててくれてありがとう。

 それから七年、あの世の父さん達に心配かけないよう立派に生きようとして、結局出来なかった。

 何一つ親孝行してあげられなくて、ごめんなさい。

 迷惑かけてばかりで、ごめんなさい。

 そして…忌み子に生まれて、ごめんなさい。おれは…生まれてきちゃいけなかったんだよな…。

 

 もう、苦しむ必要は無い。魂を縛る肉体という器を離れるのだ。

 もう、忌み子と、悪魔の子と呼ばれることもない。不当な差別に遭うことも無い。

 背後に迫る闇は冷たくなく、むしろ暖かく彼を迎えた。

 幼い頃、泣いていた自分を優しく抱きしめてくれた母の温もりと似ている気がした。

 お前は忌み子でも悪魔でもない。と言って、ガシガシと頭を撫でてくれた父の手のようにも感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……敵指揮官の乗る小型船を回収。…ヴァニラさん達が、今…」

 自分の声が震えていることに、ココは気が付いていない。

 ひどく重たい空気がブリッジを包んでいた。

 タクトは何も言おうとしない。オペレーター達も、何も言おうとしない。

 ただ、もたらされるだろう報告を待っているだけ。

 そして、その内容は自分達の予想と変わらないものだろうと分かっていた。

 だが…それでも、その可能性は否定したかった。限りなくゼロに近い可能性を、信じていかった。

 それが、逃げだということを嫌というほどに分かっていながら。

 

 

 格納庫の方では、それを遠巻きに見ている者が多かった。

 まだ、まだ助かると思って。ヴァニラとナノナノはずっと治癒を続けている。

 その対象は赤斑に染まった青年。医務室に運ぶ時間も惜しく冷たい床の上で、ずっと。

「ヴァニラさん、ナノちゃん…もう、これ以上やっても…」

 アプリコットはもう諦めが付いていた。もう、この青年が息を吹き返すことはないと。

 時間の経過と共に、その身は徐々に冷たくなっていくばかりだと。

 だが、二人はまだ諦めたくは無かった。罪滅ぼしだとか、何とか言ったりはしない。

 わずかなりとも生き延びる可能性があるのなら、生き返る可能性があるのなら、それに賭けたかった。

 多くの命が、手の届きそうで届かない場所で失われていった。

 だから、手が届く場所にいるというのなら、やれるだけのことはやりたい。

 死の淵に立たされた人を助けるのに、理由なんていらない。

「…………」

 不意に、ヴァニラが手を離した。そして、ナノナノもそれに続く。

 それだけで、その場に居た全員が青年の死を悟った。

「助けられなかった…」

 ただ一言、ヴァニラはそう言って格納庫を後にした。その頬を、一滴だけ涙が伝うのを幾人かが目撃した。

 残された者たちは、黙祷を捧げたり十字を切るものと自らの信仰に従い死者を弔った。

 死んでしまえば敵だったとか何だとか…関係ないと思ったから。

 

 

 ブリッジに報告に訪れたのは、ちとせのみだった。

 その手には、一枚のディスクが握られている。クリアケースに収められており、血で汚れていない。

「タクトさん、これを…」

「…ああ」

 このディスクにどのような情報が入っているのか、分からないけれど。

 このあまりにもくだらなくて、馬鹿げた争いを終わらせる手段が入っている。

 そう思っていたし、それは外れてはいなかった。

「…セルダールに居た時に」

 不意に、ちとせがポツリと言った。

「もっと…彼と話をしておくべきだったかもしれません。何も出来なくても…せめて…」

「だけど…、もう、遅いんだよ」

 ちとせと目を合わせることなく、タクトは静かに言った。

 死んでしまった者に対し、生きている人間が出来ることは…少ない。

 

 

 

 

 

 

 

 ルーウィンの遺体は、ひとまず医務室で保管することになった。

 気になることがあったのでランファは報告に行くちとせに付き合わず、医務室へ向かった。

 その医務室では、先客がいた。濡らした布で、青年の白い髪にこびりついた血を落としている。

 そうすることが、彼の命を救えなかったことへの、せめてもの償いだと言わんばかりに。

 一本、一本…丁寧に、手を止めることなくひたすらに…。

「……ねえ、ヴァニラ」

 居た堪れなくて、ランファは友人に声をかけた。

 それまで一言も喋らずに血を拭っていたヴァニラが、手を止めた。

 振り返り、ランファをじっと見る彼女の表情から感情を読み取るのは難しい。

「ルーウィン…だったわよね。この人さ」

「…とても、穏やかな死に顔です」

 言いたかったことを先に言われた。

 尋常じゃないほど怪我をして、耐え切れない程の苦痛に苛まれていただろうに。

 それなのにルーウィンは、笑えるくらいに…、穏やかで安らかな表情をしている。

 この青年の素性など、全くといっていい程二人は知らない。

 ただ、タクトやちとせのやりとり、誰に言うわけでもなく言っていた言葉から察するに、スパイだったらしい。

 推測することは出来ても、それが真実かどうかは分からない。

「…後悔とか無かったのかな?」

「…おそらくは」

「…最後に、何を見たのかしら?」

 その言葉に答える者は誰もいない。二人が、それを知ることは無い。

 

 

 

 

「…………」

 何でそこにいるのか、問われても明確な答えは持っていない。

 ただ、ここにいれば誰かが来るんじゃないかって思っていた。

 クシャクシャになった紙切れに目を落とす。丁寧な字で書かれた文章は、誰かに宛てたものではない。

最後までちゃんと読んでくれるなら誰でもいい。そんな想いが込められた手紙だった。

「リコちゃん、何をしているんですの〜?」

「一体何を見ているんですに?」

 ピロティでぼんやりとしているアプリコットに声をかけたのはカルーアとミモレット。

二人に黙ったまま手紙を見せる。

疑問符を浮かべたまま、それを受け取り上から目を通していく。

最初はディスクのデータのプロテクト解除のパスだとか、どういったことが記録されているだとかの、業務報告のようなもの。

これがルーウィンと名乗った白髪の青年の手紙だということは、この時点で分かった。

だが、紙の上半分は報告書としての事柄しか書かれていないのに対し、下半分は自らの心情などがつらつらと書かれていた。

以下の文は、その手紙に書かれた文章である。

 

『これを誰かが読んでいるということは、おれは死んだのか。

 上記の文章を読むのが、おれの最大の目的だったルクシオールとの接触を果たしているのなら、その関係者だろう。

 それを信じて、この文章を書くことにする。もし違う連中だったら、ま、即破るだろうしな。

 

 この任務はハッキリ言って、おれが生きて帰れる可能性が限りなく低いことはとうに分かっていた。

 死をもろに意識するようになってからかどうか分からないけれど。

 今までずっと隠してきた本心を誰かに思い切りぶちまけたいって思うようになった。

墓の下までそれは持って行くつもりだったのに、何でだろうか。

いや、おれは誰かに本心をぶちまけたかっただけなんだ。

 誰かに、黙って聞いて欲しかったんだ。仲間なんて、友人なんていらないって思ってたのに。

 白変種に生まれ、オマケに左手の小指の無いおれにとって、両親以外に心許したことはない。

 周囲の奴からいつも投げかけられていたのは、蔑みやバケモノを見るような視線と言葉だった。

 周りからの偏見や差別に抗いもせず、暗い道に走りかけてたおれを救ってくれたのは両親だった。

 だから、おれは両親への恩返しのつもりで、立派な人間になりたいって思った。

 それで何で騎士を志したのかは、自分でも分からないけどな。おれの晴れ姿を見届けて、両親は逝っちまった。

 それから七年、おれはがむしゃらに走り続けてきた。片っ端から面倒な仕事押し付けられても、全部引き受けた。

 立派な人間は、与えられた仕事から逃げないって信じてたからだ。

 そして逃げないがゆえに、おれは大罪を犯してしまった。

 ブラマンシュ商会の人間の虐殺。それを止められず、それどころか、それに加わっちまった。

 それは、あの馬鹿が部下を試すために行われたものだった。決して裏切ることが無いという証だとして。

 おれはそれに参加させられ…あの人たちを殺さなければ、おれが志半ばで殺されていた。

 たとえどれだけ憎もうと、恨もうと、殺しだけはしない。そう約束したのに…。

 ごめん、父さん、母さん。おれは立派な人間に、騎士になれなかった。約束を、守れなかった。

 こうして文にすることで、自分の欲しいものさえ自分から拒絶していたことにやっと気が付いた。

 どこまでも、救いようの無い駄目な人生だった。

 今更こんなこと言っても仕方ないのだろうけど、言わせて欲しい。

 ごめんなさい、と。

                                      ルーウィン・ヴァンフィールド』

 

「誰も、あの人のことを理解してあげることが出来なかったんですね…」

「…いえ、出来なかったのではありませんわ。しようとしなかった、それだけです…」

 グサリと刺さるような、カルーアの言葉。

 ルーウィンと付き合いどころか面識のなかったアプリコットが負い目を感じる必要は無かったのだろうけれど。

 だけど、その言葉は胸の奥までしっかりと刺さっている。

「リコが負い目を感じる必要はないですに。幼い頃からずっと蔑まれて、偏見の中で生きてきたと言うのなら誰でも心を閉ざすですに」

 普段は能天気なことばかり言うミモレットが、珍しく重いことを言う。

 それは、主人であるカルーアの思ったことを代弁しているかのように。

 同じように偏見などを持たれている魔女という人種である以上、もしかしたら彼のことを一番理解してあげられたのではないか。

 アプリコットには悪いけれど、偏見と差別の中で生きてきた人間に彼女の言葉は届くまい。

 何の偏見も差別も直接受けたことの無い人間に何がわかる、と。彼はそう言っていただろう。

 長い間心を閉ざし、孤独の中で生きてきた人間は普通の人間に対して反発心を抱きやすい。

「そして…あのルーウィンという人間は心を閉ざした時間が長すぎて、きっと…自分自身にすら…開けることが出来なくなってたんですに…」

「それを…死を背後に感じ、思い残すことが無いようにと。全てを文章にしてやっとそれを知った。最後の最後で…あの人の心は救われたと思いますわ」

 ミモレットとカルーアの言いたいことはアプリコットだって分かる。

 傲慢だと言われてもいい。それでも、目の前で死んだ青年のことを分かりたいって思ったのは間違っていないと思っている。

 拒絶されようが何だろうが、諦めなければ何時かきっと、仲良くなれたかもしれないと思うから。

「どこまで行っても…何時まで経っても、人の世界は変わりませんわ…。少しでも違う存在を排除しようとするのは」

「肌の色だとか指一本とか無いとか、生まれた世界が違うのは駄目なら、世界中自分のクローンで埋め尽くせばいいって言いたいですに」

 そうしたら、皆まるっきりいっしょですに。とミモレットは付け加えた。ミモレットらしくない、痛烈な皮肉だ。

 そして、その言葉は再びアプリコットの胸に深く突き刺さるのだった。

 

 

 

 

「落ち着いて考えてみれば…あまりにもくだらなくて、分かりやすい理由だったな」

 それに気が付くことも無かった自分は、結構抜けているのではないかと思う。

 最初から前提条件が違っていたのだ。裏切ったということを前提にしてしまうから、気が付けない。

「敵を騙すにはまず味方から、と言いますし。気にすることもないんじゃないですか?」

 以前、略取という名の補給で手に入れた缶コーヒーを啜りながら、カズヤが言う。

「…そうではない。独り言で極秘だとか言っていたからな…」

「それが、何か?」

「…もしそのことが、民衆や事情を知らない者が知ることになったら…と思うと」

 空き缶を片手で弄びながら、何も考えずにダストシュートに向かって、投げつける。

 真っ直ぐに空き缶は、ダストシュートに入った。

「…?」

「まあ、大丈夫だろう。アイツの遺体は、出来るなら故郷に埋めてやろう」

 この時、彼女が懸念していたことは現実となる。

 だが、この時点でそのことを誰も知る由は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第七章へ続く…。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 あとがき(の名を借りた言い訳)

 第六章、別名ルーウィン尽くし編(苦笑) 下手な戦闘シーンが延々続いて、お目汚しすみません(汗)

 ルーウィンが死にましたが、実はギリギリまで生きるか死ぬかで迷ってました。まあ、結果として死にましたが。

彼はただ、任務を果たしかった。敵側の情報を集め、大事なことをタクト達に伝える。それが彼の任務です。

 何故、任務を果たしかったか、それは死んでしまった両親を心配させないため。立派な人間になったと証明するため。

 ルーウィンに本当の目的というものは無く、あえて言うなら任務をキチンと果たし、あの世の両親を安心させる。それだけです。

 掴みどころの無い性格は、本音を悟らせないため、自分の心を守るため。彼にとって、他人とはイコールで敵だったのでしょう。

 火傷跡も彼の心を頑くなにさせたものの一つなんですが、本文中では書ききれず…。

 

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